管理人コラム(2017年9月11日)

【IPFを去った二人の若きチャンピオンとパワーリフティングの未来について】


今回はいつものコラムとは少し趣向を変えてパワーリフティングに関するシリアスな問題について書いてみたいと思います。

去年と一昨年、ジョン・ハークとユーリー・ベルキンという二人の若きパワーリフターがIPF(国際パワーリフティング連盟)を去り他団体へ移籍しました。
新世代の旗手と目されながらもIPFを去る事になった二人のパワーリフターから、現代のパワーリフティングが抱える「資金難」と「薬物」の問題について解説し、パワーリフティングの未来について考えてみます。



【ジョン・ハーク】


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長身で均整の取れたプロポーションと圧倒的な強さ、パワーリフティングの世界に彗星の如く現れたこの若者は2016年の世界クラシック選手権男子83kg級でスター選手ブレット・ギブスを破り優勝すると、一躍IPFの新世代を代表するニューヒーローとなりました。

若きチャンピオンとなったハークはこれからIPFを代表する中量級選手として長く活躍し、ライバルのブレット・ギブスと名勝負を繰り広げていく、そう思われていました。

ハークは2017年世界クラシック選手権の予選である2016年USAPL Raw nationals(ノーギアパワーリフティング全米選手権)にも出場し、83kg級選手としてはIPF初のノーギアスクワット300kgを成功させ圧勝します。

しかしこの大会後の2016年末、彼に一通の便りが届きます。



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USPAという団体が開催する賞金大会の招待状です。

USPAとは、IPLというパワーリフティング団体の下部に所属するアメリカ国内のパワーリフティング団体で、アメリカではIPFの下部団体であるUSAPLに続く規模の団体と言われています。
USAPLがアメリカのパワーリフティング界の与党だとすれば、USPAは強力な野党としてその座を狙う立場です。

このUSPAがハークを招待した大会の賞金総額はなんと20万ドル、ベラルーシで開催されるIPF世界クラシックに参加する場合アメリカ代表チームのメンバーは1人3000ドルの旅費を支払う必要があり、優勝すればスポンサーから多少の賞金は出ますがUSPAの賞金とは比べ物にならない少ない額です。

しかしIPFには「他団体の大会に出場した選手は1年間IPFの大会に出れない」という規程が存在します、ここでハークの行く道は二つに分かれました、IPFに残り3000ドルの旅費を支払ってベラルーシに行くか、数万ドルの賞金を得られる可能性のあるUSPAに参加してIPFと決別するか。

ハークが選んだのはIPFとの決別でした、過去にもIPFのトップ選手が他団体に移籍するケースは何度もありましたが、それは殆どが薬物絡みの理由でIPFを追放されての移籍であり、新世代のヒーローでクリーンなイメージのあるハークが金銭を主な理由にIPFを見限った事は世界中の関係者に強いショックを与えました。

この出来事により、パワーリフティングと金の問題がクローズアップされ、多くの会員を抱え他団体より高額な会費や大会参加費を取っていながら選手への効果的な支援をせずハーク離脱を招いたIPF/USAPLも批判に晒される事となります。

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多くのファンから再戦を期待されながらも別々の道を歩む事になったハークとギブス



【ユーリー・ベルキン】


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IPF2014年世界クラシック選手権男子105kg級優勝、同年フルギア世界大会男子105kg級準優勝、デッドリフトに天賦の才を持ち若くして世界のトップで活躍、パワーリフティング大国ロシアでも若手No.1と言われていたのがこのユーリー・ベルキンです。

しかしベルキンは2015年、ドーピング検査で陽性となりロシア反ドーピング機関(RUSADA)から4年間の資格停止処分を受けます。
問題はこの後のベルキンの行動です、普通の競技ではドーピング検査で陽性となり資格停止となった選手は処分期間が終わるまで決してその競技に関わる事はできません。しかしパワーリフティングの場合は少し違います、パワーリフティングには国際アンチドーピング機関(WADA)に加盟する国際パワーリフティング連盟(IPF)以外にもいくつもの競技団体があり、それらの団体はWADAに加盟していない為IPFで処分を受けた選手でも自由に出場する事ができるのです。

ベルキンは処分を受けて早々に反省の色を見せる事もなく他団体への出場を始めました、ハークが出場したUSPAの賞金大会にも出場し4万ドルを超える賞金を獲得、今もWADAから受けた処分の明けない身でありながら、非IPF系の団体に出場する選手でもトップスターの一人となっています。

ちなみにベルキンが処分を受けた翌年、IPFのロシア代表チームは薬物問題の制裁処分を受けて国際大会への出場者数が大幅に制限されました。当然ベルキンの違反もこの処分に影響を与えているものと考えられます。

ドーピング検査で陽性となった選手が処分中であるにも関わらず他団体の賞金大会に堂々と出場し、その団体ではスター選手としての扱いを受ける。
これではドーピング検査が抑止力になりません、今の状況では「まずはIPFに薬物を使用して出場し、検査で引っ掛かったら他団体の賞金大会に出ればいい」と考える選手が現れるのも無理はないでしょう。

薬物問題は多くのスポーツで大きな問題として取り沙汰されていますが、パワーリフティングではこの薬物を容認する他団体の存在が問題を益々複雑にしています。

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他団体に移籍しダン・グリーンやケビン・オークといったプロ選手と並ぶベルキン



【どうすればこれらの問題を解決していけるのか】


パワーリフティングを取り巻く薬物や資金難の問題、これは日本のパワーリフティングにもそのまま当て嵌まります。

現在日本国内に薬物使用を容認するパワーリフティング団体はありませんが、それでもやはり薬物違反の多さは深刻な問題となっており、高額な国際大会参加費も代表選手にとって大きな負担となっています。

まず薬物の問題ですが、これは非常に根が深く簡単に解決方法見つかるようなものではないでしょう。どれだけ厳しく罰したとしても追放された選手の受け皿がある現状では効果が薄いです。
アンチドーピングの教育や啓蒙活動も確信犯で使ってきている選手に対して大きな効果があるか疑問です。
それに他団体で開催しているドラッグユーザーのパワーリフティング大会を支持しお金を払う人達が存在する以上は、そういった大会が無くなる事はないでしょう。
パワーリフティングにとって薬物問題解決の道は考えれば考えるほど前途多難と言わざるを得ませんが、それでもまずは日本国内だけでも世界に率先して薬物を排し、クリーンな競技として一歩一歩発展させていくしかないのではないでしょうか。

そして資金難の問題、パワーリフティング選手や協会の資金難は基本的にどこの国でも一緒です、競技人口は世界的に増加していますがやはり非五輪種目という事もあり国からの支援は期待出来ず、マイナースポーツである為大企業のスポンサーもいません。
しかしそんな中でも、協会や選手を積極的に支援しているメーカーというのが存在します。
IPFのスポンサーは最上級のオフィシャルVIPパートナーがSBD APPARELとELEIKO、ワンランク落ちるシルバースポンサーがROGUE FITNESS、その下のブロンズスポンサーがREHBANDとBULLです、そして近年は選手個人のスポンサーに付くメーカーも増えてきています。
やはりこういった企業を選手の側からも積極的に支援し共に発展していくのが大事ではないでしょうか。

資金難の問題も一朝一夕で解決するようなものではありませんが、近年の欧米での急激な競技人口の増加と選手への支援を惜しまない新しいメーカーの台頭が上手く噛み合っていけば少しずつ改善に向かっていく可能性はあります、これから選手・協会・メーカーが上手く連携して動いていければ未来は決して暗くないのではないかと考えています。




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