管理人コラム(2014年1月13日)

パラリンピックパワーリフターのベンチプレスを学んで

アテネ、ロンドンパラリンピックに出場した日本を代表するパラリンピックパワーリフター宇城さん、自分は幸運にもその宇城さんとご近所だった縁から定期的に合同練習を行いベンチプレスの指導を受ける事が出来ました、そしてそれまで典型的なパワーリフティング式フォームだったものをパラリンピック選手のようなフォームに大きく変えた事によって150kg前後で停滞していたベンチプレスの記録も現時点で160kgまで伸ばす事が出来ました。
この度はその過程で感じた事をこのコラムに書こうと思います。

宇城さんロンドン五輪での勇姿
パラリンピックパワーリフティングはノーギアでベンチプレスの重量を争うもので、その記録は健常者のノーギア世界記録を遥かに凌駕しています。


挙上距離優先のパワー式フォームは全ての選手に有効なのか?

スクワットやデッドリフトはその人の身長や体型、身体の特性などによってワイドで伸びる人もいればナローで伸びる人もいます、実際選手の皆さんもそれぞれやりやすい足幅やフォームでやってる事と思います。
ベンチプレスも海外の選手やパラリンピック選手を見るとナローの選手ワイドの選手と様々です、しかし何故か現在日本人選手のベンチプレスの殆どはワイドグリップで高いブリッジを組みバーベルを鳩尾に降ろす挙上距離優先のフォーム(本項では仮にパワー式フォームと呼びます)になっています、これはパワー指導者の多くが選手の身長や体型に関わらず誰にでも挙上距離を縮めるフォームを指導しているからだと思われます。
ノーギアベンチプレス世界最高峰のパラリンピックでは、パワー式のような挙上距離を優先したフォームを使う選手は見当たらず、どの選手もあまりブリッジをせず手幅もまちまちで胸の中部から上部に降ろすフォーム(以下パラリンピック式フォーム)で挙上しています。
これについては「ディスエイブル選手達は下半身が使えないのでああいうフォームになる」と言う人もいますが、ディスエイブル選手でも障害の度合いは個々で違っており、下半身に発達障害があるものの普通に歩ける選手もいます、そういう選手は腹筋や背筋も利くのである程度ブリッジを組む事も出来る筈ですがそれでもブリッジをせず挙上距離の長いフォームを採用しています。

日本人選手でも前田都喜春先生や中尾達文さんといった過去の名選手のフォームを見るとパラリンピック式に近いものでした、これが現在のパワー式フォーム一辺倒になった原因は偏にフルギアベンチの影響と考えられます、フルギアではギアを効かすのに挙上距離の短いフォームが絶対的に有利な為、フルギアしか国際大会の無かったこの二十年程の間にパワー式フォーム以外のフォームが廃れてしまったのでしょう。
しかし現在はノーギアの国際大会が行われ国体の公開競技もノーギアで決定して上を目指す選手でも全員がフルギアを想定したフォームをする必要は無くなりました、ノーギア専門の選手であればパラリンピック選手のような挙上距離を気にしないフォームを試してみる価値はあると思います。

パワー式フォーム(写真左)とパラリンピック式フォーム(写真右)の例

写真左は高いブリッジをするブルガリアの選手、ここまで挙上距離を縮める事ができればパワー式フォームは非常に有効でしょう。 写真右と下の動画はエジプトのパラリンピック金メダリスト、67.5kg級でノーギア220kg以上を挙げるMetwaly Mathana選手、この選手は普通に歩くことができ、プレートの付け替えも出来るので背中のアーチを作って鳩尾に降ろすようなフォームも可能と思われますがほぼベタ寝でシャフトを胸の上部に降ろしています。





パラリンピック式フォームのメリット

筋電図を用いた実験によると、上半身の筋肉をもっとも多く使えるベンチプレスのフォームはパワー式のものではなくミディアムグリップのパラリンピック選手のようなフォームだそうです、また、無理なワイドグリップは肩の負担が大きく怪我のリスクも増えます、パワー式のフォームで高重量が挙がるタイプの選手は ※腕が短く胴が長い ※関節が柔らかい ※身体に厚みがある といった特性を備えていて挙上距離を大幅に縮める事の出来る選手であり、こういう選手は上半身の筋肉を有効に使えない事による出力の低下を挙上距離のショート化で補え、ハーフベンチに近いストロークでやれるので肩のリスクもそれほど大きくは無いでしょう、しかし適性の低い選手は出力の低い上に肩に無理のかかるフォームで長いストロークを挙げる事になり挙上重量的にも故障のリスクを考えてもメリットがありません。
そこでブリッジをせずミディアムやナローグリップで胸の中・上部に降ろすパラリンピック式のフォームに変えれば、大胸筋の上部や三角筋の筋肉を有効に使えボトムからの爆発的な挙上もしやすくなり、適性次第ではパワー式フォームより記録を伸ばす事も可能になります。

パワー式からパラリンピック式のフォームに変更する事で記録を伸ばせる選手が全体の何%くらいいるかはまだわかりませんが、現在僕の周りでフォーム変更を試した選手を見てみると男子はある程度の割合でパラリンピック式が適している選手がいるように感じます、僕自身もパラリンピック式フォームによって記録が伸びており、中には59kg級ノーギアベンチ(3種部門)日本記録保持者の伊藤さんのようにフォームを変更して短期間で日本記録を更新した選手もいます。
ただ女子選手は小柄で関節の柔らかい人が多いからかノーギアでもパワー式フォーム向きの人が多いようです。

以下は僕自身がパワー式のフォームからパラリンピック式のフォームに変更して体感したメリットです。
  1. 肩や腰の負担が減り怪我のリスクを減らせる(フォームを現在のものにしてから長年悩んでいた左肩痛が嘘のように完治しました)
  2. 筋肉がしっかりストレッチするので筋量の増加に有利、又、大胸筋下部と三頭筋に負荷が集中するパワー式と違い大胸筋上部や三角筋までバランスよく動員できるのでボディビル的な観点から見ても効果が高い。
  3. 適性の無いフォームから適性のあるフォームに変更した事により身体の負担が減って高頻度でのトレーニングが可能になった(パワー式フォーム時代追い込んだ練習は週2回が限度でしたが現在は週4〜5回高重量の練習をしてもオーバートレを感じる事はありません)
  4. ボトムで三角筋や三頭筋の力をフルに使えるので爆発的な挙上が可能になり神経系トレーニングとの相性が良い。
  5. ブリッジに依存しないのでお尻や足の裏が浮かず厳しいジャッジでもフォームに特別気を使う必要が無い、又、ベンチ台の種類や床の状態にもあまり影響を受けないので試技に安定感が出る。腹ベンチやお尻・足の裏の浮きといった毎年のように変わるベンチプレスのルールに影響を受ける事もない。
  6. 無理なワイドグリップやブリッジをしないので手首や腰に負担がかからない、ベルトやリストラップも不要になる。
  7. 足腰の力を使わないのでスクワットやデッドリフトの疲れがベンチプレスに影響しにくい。
パラリンピック式のフォームで高重量を挙上するコツ

これについてはまだまだ試行錯誤中ですが、現在までに感じた事をまとめると

  1. パワー式のフォームは一度忘れて挙上距離を短くするという考えを捨てる
  2. 一番自分が力を入れやすいと感じる手幅にする
  3. 鳩尾で無く胸の中部~上部に降ろし、頭寄りの軌道で挙げることにより胸の上部から肩の筋肉を積極的に使う
  4. ブリッジをせず胸の上部に降ろす癖をつけるためにまずは足伸ばしや足上げでの練習を中心にする
  5. 胸からの挙上スピードを意識する
  6. 肩甲骨を下方に寄せない(下方に寄せるとシャフトを降ろす位置が鳩尾寄りになる為)
  7. フォームを変更していきなり高重量を持つと怪我のおそれがある為、軽重量から始め数ヶ月かけて慣らしていく。

といった事が有効ではないかと思われます。

現在の管理人のフォーム

グリップは81cmラインに薬指、肩甲骨を下方では無く上部に寄せラックアウト、肩甲骨を寄せた時に自然に出来る以上のブリッジはせずお尻はベタ付けで足は置いているだけの状態、しっかり脇を開いてシャフトは乳首より3cm程度上に降ろし、ボトムからの爆発的な挙上を心掛ける。

パラリンピック選手のフォームはフルギア的なパワーリフティングの常識から考えると非効率なフォームに見えますが、実際にやってみるとパワー式フォームよりも多くの筋肉を動員でき爆発的な挙上もしやすくノーギアで高重量を挙げるためにとても理に適ったフォームだと気付きます。
もし以前の僕のようにパワー式フォームがしっくりこないと感じている人がいれば一度試してみるのをお勧めします。

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